欣求

欣求

欣求 

道元禅師の言葉に次のような一節がある。「欣求の志しの切なるべきなり。たとえば、重き宝を盗まんと思い、強き敵をうたんと思い、高き色にあわんと思うこころのある人は、ことにふれ、おりにしたがって、種々のことはかわり来たるとも、こころにかけてあれば、あながちそれをとげずということなきなり」

「欣求」というのは、「喜びながら求める」ということである。つまり、求めるという行為そのものが喜びであり、そこには、求めるというものがなかなか得られないという焦りやいらだちがないのである。

求めるという行為に、充実感があり、そこに生き甲斐があるということなのである。「このように欣求の思いをもって、望みのものを追いつづけよ」という。

「たとえば、泥棒が金目のものを盗んでやろうと思う場合、あるいは武士が手ごわい敵を何とかして討とうとその隙をうかがう場合、またあるいは、女蕩しが、美人を何とかして自分の方へなぴかそうと工夫する場合、もう四六時中そのことを思いつめ、周囲の状況がどのように変化しようとも、心にかけているならば、それがいかに困難に見えようとも、案外にその目的を達成してしまうものである」と、このように述べている。

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