不足不満

不足不満

不足不満

求めるものが得られないと、人は不足と不満の思いを起こす。普通、人はこのような不足や不満の状態を嫌う。それは、貧乏などと同じように、人間の不運不幸なありさまだと考えるからだ。

だが、不足不満イコール必ずしも不運不幸とは言えないのである。なぜなら、それは案外、人間の心の健康にとって必要条件である場合があるからだ。
 
試みに、人間の欲望の反映である「期待」とか「希望」というものを、「食欲」に例えてみれば解る。人間が食べ物を求めるのは、食欲があればこそである。病気、あるいは精神的ショックなどで食欲が衰えれば、それは死へとつながりかねない。

だとすれば、食欲とは、生命を活かす上で、最も有り難いものであることが解る。体に食欲があるように、心にも「欲望」という食欲がある。それは、欲しいものを求めるエネルギーが、心身の活力を呼び起こすのだ。そしてそれは、時に期待の心となり、希望の思いともなる。

老衰し、寝たきりになった老人には、ほとんどの場合、未来に対する期待などは何も無い。明日に何かを希望する心こそ、生命の力を生み出すもととなるのである。

しかし、若くても、静かな絶望の中で生きているとしか思えない人々も居る。バイブルには、「求めよ、さらば与えられん」という言葉がある。しかし、それが与えられるか、与えられないかは、二の次なのである。

問題は飽くことなく、それを求める意欲である。この意欲こそ、私たちに生きる力を与えるソース(源泉)なのである。ただし、この意欲も、健康的な食欲までにとどめるべきである。

なぜなら、一旦、自己コントロールを誤ると、それは自己破壊的な「飢蛾」にまで、変貌してしまう危険性があるからだ。

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