無能唱元の阿頼耶識説法

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阿顆耶識(あらやしき)とは何か?

無能唱元


まず初めに阿頼耶識とは何かを説明しておきたい。阿頼耶識とは現代語で言えば、潜在意織にあたるだろう。表層意識つまり日常の考えで強く意識されたことは、この潜在意識に蓄えられる。

  • 初めに日本に渡来し、奈良仏教の基となった仏典に、この阿頼耶識という言葉があった。                            
  • この阿頼耶識は、また一切種子識(いっさいしゅうじしき)とも呼ばれ、そこに宿った思念は、やがて開化し、実を結ぶ。すなわち、それは実現するのである。
  • 実現するものは、望むものか、恐れるものかのいずれかである。
  • 人は、成功や富や健康を望み、強く恩念すれば、それは阿頼耶識に入り、実現してくる。しかし、不平不満の生活をし、未来を恐れれば、失敗、貧乏、病気なども実現させる。
  • プラスの思念が阿頼耶識に入れば、プラスの未来が、マイナスの思念が阿頼耶識に入れば、マイナスの未来が現れる。だから、幸も不幸もその人の責任なのだ。
  • 自分の気分を明るく暖かいものにし、他人も自分も共に幸せになるよう願うならば、誰でもが幸せになる。しかし、他人が不幸になっても、自分だけ得になればいいと思っていると、自分に災害が訪れる。
  • 幸せになるのは簡単である。自分も他人も幸せになるのを願えばいいのだから。

この蓄えられたものが阿頼耶識と呼ばれるのである。「この阿頼耶識こそ、人の運命を左右する根元である」と古い仏典には説かれている。

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